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  • 第二形式人称

    A/Bは、AまたはBを表す記号


     袋に文字「A」「B」が入っているとする.取り出せる文字列は何種類あるだろうか.6種類ではない.「A」「B」「AB」「BA」「」「∀B」のほかにも,くっつけたり重ねたり分解したりして,いろいろな記号になる.AからはVやΛ,BからはD,P,Б,Ь,зがとれてくる.こうした記号の接合や重複や分解や分割を記号の恣意的構成と呼ぼう.恣意性を認めると,記号は無数に存在してよいものになる.記号は意味の通牒だった.互いに共通の了解をもって使用するため,一定数の記号群をその属性と操作とともに教育が施された都合上,記号は有限数しか存在できないかのように錯覚するほどだった.しかし,新しい記号は新しい表現領域を伴って現れうる.顔文字やゆるキャラがそうであるように,新しい記号には常に,爆発的に普及する潜在性がある.新しい記号によって表せる意味に需要が集まり,展開されるのだ.新しい記号は新しい言語を構成することによって文化を刷翻する.
     ここにいくつかの記号を生産する試みを記録する.題名にあるように記号「/」は,英語においては綴りが包含関係にある2語のいずれか/もを意味し,日本語においては一部重複する2語のいずれか/もを表す.たとえば,gene/rousは遺伝的に寛大な性質である.star/tは星であるか始まることを意味する新進気鋭の語である.y/ourはあなたのものであるか/でもあり,私たちのもので/もあり,あなたがたのものであって私のものではない..さいごの例は第3人称ともいえない例である.以下はこれについて詳述する.
     人称は人間同士の交話手段の発達によって進展する概念である.元来の言語は私とあなたとそのほかのひとびとで成り立っていた.井戸端会議が例である.しかし,出版を経て,作者が送り出す文面と作者の関係は,『私は私とは限らない』し,『あなたはあなたではなくてもよい』し,そのほかの人々は単なる一般の群衆か,伝達内容への興味や集団の特徴によって分かたれていた.媒体が誕生したことによって,媒体上の人称と著述家の媒体外での人称が混合していた.万人が情報を発信するようになり,それまで著述家のみが抱えていた人称の混乱を万人が経験するようになり,媒体を読み書きすることに慣れていたはずだった現代人は微妙な人間関係を構築するようになっていった.
     私はここに,人称の第二次形式を提案してみたいのである.

    IYouItWeYouThey標語語尾
    第一贈与×私のものでなくあなたのもの-p
    第二贈与×私たちのものでなくあなたがたのもの-us
    第三贈与×私のものでなくあなたがたのもの-pus
    正当化×みんなこうだから私もこう-l
    孤独×あなたがたも他の人々もそうだが私だけこう-ne
    自然××××それはだれのものでもない-t
    私物私は私だけのものではない-m
    恋愛×××あなたは私-v
    環境×あなたは私だけではなくあなたのまわりの人々も-c

     贈与人称は第一から第三へ進むにしたがい贈与価値が大きくなる順に排列した.また,正当化人称は『みんなこうだから私もこう』,孤独人称は『あなたがたもそのほかのひとびともそうだが私だけこう』,自然人称は『それは誰のものでもない』.

     これらを人称の概念で扱うとなれば,まだまだ多くの人称がありそうである.人称の論理として扱うのがなぜかといえば,新しい記号ないし単語として短く組むためである.たとえば,givepという動詞は,giveの第一贈与人称である,というように.すなわち,givep-giveus-givepusというふうに規則変化する,と決めてしまえる.正当化人称をgiveに対して行うと,givel(チョコレートをみんなあげているから私もあげる,義理だけど),孤独人称に対してはgivene(みんな寄付しているが私だけ寄付しなくてどうしよう),自然人称ではgivet(それは天の神さまが与えたもうた素質だ).と決めてみれば,giveの時制や態の変化に対しても対応できる.givet-gavet-givent.
     さて,冒頭の記号「/」である.第二次形式人称変化した動詞たちに適用してみる.give/pは私のものかあなたのものかまだ分からないときの人称となる.giveであれば主語は私であるし,givepとなれば主語は私から渡されたあなたである.You givep a bundle of flowers of mine. A bundle of flowers was giveped from me to you. 自然な文法にするとき,ものにやや大きな視点が置かれる.オブジェクト指向で書かれたコードのようである.
     これら第二次形式人称の特徴は,動詞に主語の全体性を与えられることである.元来,動詞は主語を一つに定めてきた.しかし,『私たちのなかの私』や『誰でもないだれかのなかのあなた』という集合論的関係を要求する人称を表せなかった.第二次形式人称はこれらの関係を動詞の語尾変化によって表すことができる.先の文に戻ろう.You givep a bundle of flowers of mine. これはSVOからなる第三文型,だろうか.giveは第四文型SVOCをとる「しかない」動詞だった.しかし,この例文では補語に所有代名詞格を含んでいる.特定の花ではなく,多くの花の中の私の花,である.つまり,花の贈り主が補語に含まれているのだ.したがって「あなたは花を贈られた」という受動が第三文型をとるという事態が成立する.

     次の文に移ろう.A bundle of flowers was giveped from me to you. 花を主語とした第一文型である.「花は贈られた」.贈られたという動詞から,だれからだれというものにまつわる恩着をさらりとかわす. 

     最後に,現代日本を先導する哲学者がこうつぶやいていた.

     何の見返りも考えずに与え,もらっても何のお返しも考えない.これを推奨.根本的に「互酬性」を否定することは,右翼でも左翼でもなくなるための一つの方法ではないかと思う.恩着せがましい「社会的」な人に比べ,恩知らずの泥棒はずっと美しい.2015/10/18

    参照:『MINDパフォーマンスHACKS』6章 #51人工言語を学ぶ